最近、こんなことはありませんか?
考えがうまくまとまらない。
ため息が増えた。
同じようなミスを何度も繰り返す。
物忘れが増えた気がする。
人と一緒にいるだけで、とにかく疲れる。
集中しようとしても集中できない。
何かを決めることさえ面倒に感じる。
以前なら気にならなかったことに、
強くイライラする。
こうした変化は、
心や身体に疲れがたまっているときに現れることがあります。
でも多くの人は、
「最近ちょっと疲れているだけ」
「年齢のせいかな」
「気のせいだろう」
と、そのままにしてしまいます。
心が疲れている人ほど、
自分ではその疲れに気づいていないことがあります。
身体の疲れなら、
「眠い」
「だるい」
「肩が重い」
「足が痛い」
と、比較的わかりやすく感じることができます。
でも、心の疲れは少し違います。
ちゃんと仕事に行けている。
人と普通に話せている。
笑うこともできる。
家事もできている。
だから、
「自分はまだ大丈夫」
と思ってしまいます。
けれど、心はその間にも少しずつ疲れていきます。
本当は嫌だったのに我慢したこと。
言いたかったのに飲み込んだ言葉。
周りに合わせるために、
自分の気持ちを後回しにしたこと。
期待に応えようとして、
必要以上に頑張ったこと。
誰かに嫌われないように、
無理をして笑ったこと。
こうした一つひとつは、
その場では大きな問題に見えないこともあります。
でも、心の中では少しずつ積み重なっていきます。
僕は長い間、
多くの人の心と向き合ってきました。
そこで感じるのは、
心が限界に近づいている人ほど、
「自分はまだ大丈夫です」
と言うことが少なくないということです。
なぜなら、
頑張ることに慣れているからです。
我慢することが普通になっている。
人に合わせることが当たり前になっている。
自分の気持ちより、
周りを優先することが習慣になっている。
そうなると、
自分の心が何を感じているのかさえ、
少しずつ分からなくなっていきます。
そして、ある日突然、
何もしたくない。
人に会いたくない。
理由もなく涙が出る。
イライラが止まらない。
眠れない。
身体が重い。
そんな形で表に出てくることがあります。
でも本当は、
その日突然起きたわけではありません。
もっと前から、
心の中では少しずつサインが出ていたのです。
だから僕は、
心にも「メンテナンス」が必要だと考えています。
車も、
何も壊れていないからといって、
ずっと整備をしなければ、
いつか不調が出ます。
身体も同じです。
痛くなってからだけではなく、
日頃から睡眠をとったり、
食事を整えたり、
運動したりします。
心も同じです。
限界になってから整えるのではなく、
普段から自分の心を見る。
これが大切です。
「今日は何を我慢しただろう」
「本当は何と言いたかっただろう」
「誰かに合わせすぎていなかっただろうか」
「いま、自分は本当に疲れていないだろうか」
こうして、
一日の中で少しだけでも
自分の心を見つめる時間を持つ。
それだけでも、
心の状態は見えやすくなっていきます。
心を整えるというのは、
いつも前向きでいることではありません。
悲しいときには、
悲しいと感じていい。
腹が立ったときには、
自分が怒っていることに気づいていい。
疲れているときには、
「今日は疲れた」
と認めていい。
大切なのは、
感情を無理に消すことではなく、
「いま自分の中に何があるのか」
に気づくことです。
心は、
気づいてもらうだけでも少し変わります。
「自分はこんなことを感じていたんだ」
そう分かったとき、
心の中に少し余白ができます。
僕がこれから広げていきたい
「心のメンテナンス」という考え方は、
心が壊れてから何とかするためのものではありません。
日常の中で、
自分の心を確認し、
整えていくためのものです。
歯を磨くように。
身体を洗うように。
部屋を掃除するように。
心も、
少しずつ整えていく。
そんな習慣が、
もっと当たり前になればいいと思っています。
悩みがある人だけが
心と向き合うのではありません。
元気な人も、
幸せな人も、
順調な人も、
心のメンテナンスは必要です。
むしろ、
元気なうちに心を見ておくからこそ、
大きく崩れる前に気づくことができます。
今日一日の終わりに、
ほんの少しだけ自分に聞いてみてください。
「今日の自分の心は、どうだった?」
答えを出そうとしなくて大丈夫です。
ただ、
自分の心に目を向ける。
そこから、
心のメンテナンスは始まります。
岡本マサヨシ




