「エゴを手放した方がいい」
そんな言葉を聞くことがあります。
エゴというと、
わがまま、自分勝手、執着、プライドなど、
どこか悪いもののように捉えられがちです。
でも私は、エゴそのものが最初から悪いものとして生まれたとは考えていません。
エゴは、
幼い自分が、自分を守りながら前に進むために作り出した防衛のエネルギー
でもあるからです。
私たちの心には、
幼い頃の体験や感情が残っています。
それが、私が普段お話ししている
「インナーチャイルド」です。
インナーチャイルドが形成されていく時期、
子どもはまだ、大人のように物事を整理して考えることができません。
お母さんに怒られた。
お父さんに認めてもらえなかった。
兄弟と比べられた。
友達に仲間外れにされた。
自分の気持ちを話しても、
分かってもらえなかった。
そんな体験の中で、
悲しい。
怖い。
寂しい。
悔しい。
認めてもらいたい。
愛してほしい。
さまざまな感情が生まれます。
でも子どもは、
その環境の中で生きていかなければなりません。
そこで心は、
自分を守る方法を覚えていきます。
怒られないように、
いい子になろう。
嫌われないように、
相手に合わせよう。
傷つかないように、
期待しないようにしよう。
負けないように、
強くなろう。
馬鹿にされないように、
自分を大きく見せよう。
捨てられないように、
相手をつなぎ止めよう。
もう傷つかないように、
誰も信用しないようにしよう。
子どもの頃には、
こうした防衛が必要だったのです。
その防衛によって、
その時の自分は前へ進むことができた。
私は、この防衛の中で
エゴのエネルギーも形成されていくと考えています。
ところが大人になってからも、
その防衛は簡単には消えません。
ここが大切です。
エゴは、そんなに簡単に小さくできるものではありません。
「自分のエゴを認めればいい」
言葉にすると簡単です。
しかし実際には、
自分のエゴを認めることそのものが、とても難しい。
なぜならエゴが働いている時、
本人にとってはその考え方が
「正しい」と感じられているからです。
「自分は間違っていない」
「相手が悪い」
「自分はこれだけやっている」
「自分はこんなに我慢している」
そう感じている時に、
「もしかすると、自分の側にも問題があるのではないか」
と考えることは簡単ではありません。
むしろ、
自分を守ろうとする力が強いほど、
自分のエゴは見えにくくなります。
だからエゴを見る時には、
自分の立場からだけ見ていてはいけないのです。
相手の立場に立って、自分を見る必要があります。
自分は正しいと思っている。
では、
相手から見た自分はどう見えているのか。
自分は普通に話しているつもりでも、
相手には威圧的に見えていないか。
自分は相手のためを思って言っているつもりでも、
相手には価値観を押しつけられているように感じられていないか。
自分は我慢していると思っていても、
相手も同じように我慢しているのではないか。
自分の視点だけでは、
自分のエゴを見ることは難しいのです。
だからこそ、
「相手にはどう見えているのだろう」
という視点が必要になります。
エゴを小さくしていくということは、
自分を否定することではありません。
自分の中にある防衛や正当化に気づき、
自分の見方だけがすべてではない
ということを受け入れていくことです。
これは簡単なことではありません。
一度気づいたから終わりでもありません。
人間関係の中で何度も自分を見つめ、
時には相手の立場から自分を見直しながら、
少しずつ向き合っていく必要があります。
私は著書『こころのてびき』の中でも、
エゴとの向き合い方について、
実際に行う方法をお伝えしています。
エゴは、
知識として理解するだけでは変わりません。
自分の反応を見て、
相手の立場からも自分を見て、
初めて気づけることがあります。
子どもの頃、
自分を守るために必要だったエゴ。
でも大人になった今、
そのエゴが人間関係や人生の選択を
苦しくしていることもあります。
だからこそ大切なのは、
エゴを悪者にすることでもなく、
「自分にはエゴなんてない」
と思うことでもありません。
自分の中にあるものを、少しずつ見つけていくこと。
そして、
自分から見た自分だけではなく、
相手から見た自分にも目を向けること。
そこから初めて、
本当の意味で自分の心と向き合うことが始まるのです。




